時祷音楽 ( No.11 )
日時: 2008/09/15 23:54
名前: Raise

 ※本文後半部において三点リーダの連続する箇所があり、スレッド全体の視覚状況を考慮する上で改行させていただきました。もしよろしければ、お読みの際は、テキストエディット等にコピー&ペーストしてください。その上で改行部分を消去し、ひとつながりの三点リーダとしてお読みください(以下から本文です)。

http://jp.youtube.com/watch?v=HypmW4Yd7SY

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 かのじょ、という名を聞かされたとき、ぼくはアルメニアの音楽を思った。
「かのじょ、と申します」
 日常生活で、かのじょなんて呼ぶ必要なんて、ぼくらにはどこにもなかった。
 ぼくは天気予報に倣って、ふらふらと生きていた。かのじょは、旅人だった。ぼくは西の海の工場で働いていたけれど、天気予報が嵐を告げていたから、かのじょと旅に出た。かのじょとぼくは、街を歩いた。
 そのころもう、ぼくはメルカトル図法から外れて歩く術を学んでいた。旅人というものは、メルカトル図法のその先を歩く心得無しじゃ生きていられないのだと、かのじょはぼくにいった。それはつまり、地図に無い国を歩くことこそが、旅人としての才覚なのだ、という意味にぼくは受け取った。
 地図のかなた、つまり西の海のある地図を、インネンリウム図法、という。
 アルメニアン・ダンスのレコードと、チェコの通貨と、シャンプーハットが、ぼくの持ち物だった。かのじょはスーツケースに、チェーホフの小説を入れていた。そのチェーホフの小説は、ドイツの地下鉄駅でリルケの詩集になり、ポーランドの安宿でスタニスワフ・レムの書評になった。アルメニアン・ダンスのレコードは、シング・シング・シングになった。オーバー・ザ・レインボーにもなった。カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲にも、メリー・ウィドゥの序曲にも、ラデツキー行進曲にも、マタイ受難曲にもなった。
 ぼくらは、真空の地図を歩いていた。
 夜の重力に疲れてしまったときは、ふたりで地図の果てに憩った。ドイツの三番線プラットホームから飛び込んだ彼方は、東の砂漠だった。ぼくとかのじょは、それからずいぶんと長いあいだ、メルカトル図法ではなく、インネンリウム図法で歩いた。かのじょが、インネンリウムの人間であるかどうかは、わからなかった。
 かのじょは滅多に自分のことを話さなかったし、またぼくがふらりと旅の一行に加わったときにも、何にも言わなかった。かのじょは、喪服めいた法衣を風にはためかせ、まつげに知性を湛えさせていた。
 かのじょは、夜よりも暗黒に満ちていて、やさしく、愛は無い、そんな人だった。ぼくは、太陽と月のバランスよりも気まぐれで、不まじめで、工場労働にも耐えられないような人間だった。夜はみな、愚者の夜だった。

 その日、ぼくらはサヘルの真中にいた。ぼくはトルコ行進曲を、かのじょはカミュのシジフォスの神話を読んでいた。ひどくあつい、真昼だった。ぼくがヴェクサシオンをかけて、かのじょが「神秘的なページ」と囁いて、それからカミュを砂に捨てた。異邦人への伝統を忘れることなく、太陽は眩し過ぎた。
 ヴェクサシオンが六時間続いたところで、かのじょは言った。
「わたしの右小指は、機械でできているんだ」
 そうか、といって、ぼくらは口付けを交わした。サヘルの砂より冷たく、ロシアの氷より熱い、かのじょの唇だった。アルメニアには、星の牧場があって、月の遣わした猟犬が毎夜のごとく走り続けている、というある旅人の語りを思い出した。ぼくはかのじょの唇の彼方、夜の闇にほしぶどうを投げ込んだ。
「ほしぶどうは、砂の味がする」
 かのじょはそう言って、ボルヘスの詩集を読み始めた。もう夜だった。ぼくらはその日、インネンリウム図法に埋没した。「ただ富んでいないわたしたちは、あるがままに貧しい」かのじょは囁いた。ぼくらは西の海に居た。遠くには、ぼくの逃げ出した工場が見えた。「帰ってもいい」と、かのじょは言った。ぼくは、かのじょの右小指を、そっと口にいれた。アゼルバイジャンの潮騒のにおいがした。
 ぼくは、かのじょと別れた。

 インネンリウムの日々で、ぼくはガイーヌを聞き続けた。工場長がぼくを雇い直すことに、異論は無かった。メルカトルの巡航で、ぼくは新たな物作りのメソッドを手にしていた。ぼくは結婚した。いつのまにか、中国の貝殻を無くしてしまっていた。同じように、チリの貝殻と、ロシアの硬貨を無くしていた。蓄音機は壊れてしまい、ぼくは音楽をきくことをやめた。ぼくは旅するのもやめた。それについて、たとえばぼくが死んだとか、そんなことを言うつもりはない。ぼくは、満ち足りていた。そんなある日、ぼくはまたかのじょと出会った。
「お久しぶり」ごく昨日会ったばかりだなんて具合に、かのじょは平然と挨拶した。「偶然通ったから、ここまで来た」そのときぼくは、太陽に餌をやりに工場から抜け出ているところだった。「今の太陽、あなたが飼っているの。眩し過ぎる」ぼくの手の餌箱に目をやって、かのじょはかつてと変わらない声のままでいった。
 かのじょはやはり、富豪の未亡人のような、高慢でしめやかな美しさを身体に湛えていた。ぼくが工場で衰えたのとは対照的に、かのじょはあの頃と何ら変わってはいなかった。太陽が餌を要求して鳴いた。ぼくは餌箱を空に放り投げて、「とてもきれいだ」と言った。「あなたはずいぶん、年をとってしまったようね。わたしよりも、ずっと時間が早かったみたい」「きみはまた、ひどくゆっくりと時間を旅してきたのか」かのじょは、ぼくの手を取った。「昨日はどこにいた」「昨日は、ベトナムの料理屋で寝たの」「明日はどこにいく」「どこにでもいいよ」ぼくはかのじょの唇に触れた。エスニックな香辛料のにおいがした。「シンガポールにいこう」今はすっかり満腹で有頂天になっている太陽を見上げて、ぼくは言う。あの太陽に餌をやる人が、代わりに見つかれば良いな、と思った。そんな些事の杞憂も、地図の前方、シンガポールの雨のかおりに、打ち消された。
「ただいま」とぼくは言った。シンガポールの公衆男子トイレに、ふたりはいた。「おかえり」とかのじょは言った。ぼくは黄色の肌の前で、かのじょの右腕にキスをし、トイレの使用料を払って、それからまた旅に出た。
 次の日、イタリアの農村で、ぼくはラ・カンパネラを聞き、かのじょはヘミングウェイを読んだ。祈りのための鐘がきこえても、ぼくらは運動を続ける。ぼくらは納屋を借りて、挨拶の次の会話をした。「わたしより、年上になってしまったみたいね」牧草特有の酸いにおいにまどろみながら、ぼくは答える。「工場のなかでは、時間は縦に落込んでしまっているものなんだ。ずっとあのまま旅を続けていたらよかったのだけれど」と、ぼくはさりげなく刺を差す。「どうして別れたのだっけ」と、かのじょはとぼけた様子で言う。ぼくは答える。「台湾の牡蛎に当たったからだ」「そうだったかしら。天気予報のせいだった気もする」「ぼくの方もずいぶん怪しいな、頭の歯車もすっかり古くなっちゃったからね。マカオの生姜ミルクのプリンがあんまりにもおいしかったからじゃないかな」「あなたと旅をしていたことさえ、なんだか本当のようには思えなくなってきたわ。あなた、支那の葉の飲み過ぎだったんじゃなかったっけ」「どうしてロシア流なんだ。それに、ぼくはチャイが好きなんだ、それ以外のお茶はみんな嫌いだ」「プーシキンのせいよ。そうだったかしら。あなた、コーヒーも嗜んだような気がする」ぼくらは枯れ草のにおいにすっかり頭を回してしまって、時間のやわらかさに飲み込まれた。かろうじて、ぼくはささやく。「おやすみ」と。愚者の夜。

 次の日の朝食は、ブルガリアでとった。料理屋で、ぼくらは時間を食べた。「あなたの時間は、こんなひどい見た目がするのかしら」ぼくが盛りつけた皿を見て、かのじょは講義するように言う。「ああ、郷愁の日々だ」かのじょの皿も、ひどいものだった。ぼくらの時間は、どちらもひどくまずかった。時間を食べ終わってからのデザートは天体だった。ぼくは星の砂糖漬けを、かのじょは衛星のポンチを食べた。「わたしたちの宇宙は、止まっている」かのじょは言った。「どこまで旅をしていても、わたしたちは静止している」ブルガリア、とぼくは祈るように囁く。「どこまでいっても、わたしたちはブルガリアを旅することはできない」かのじょはテーブルのばらを手に取った。百億の瞼が、赤くきらめいた。かのじょは食す。
 かのじょの夜は、未だ訪れぬブルガリアよりも美しい暗黒に飾られていた。

「きみの胃袋は、どんなものでできているんだろう」インネンリウムの密林で、ぼくは囁く。シューマンの謝肉祭をきいていた。珍しく、かのじょはシューマンの音楽批評を読んでいる。ぼくが贈ったのだ。「機械でできているよ」「ほんとうに」「嘘かもしれないし、ほんとうかもしれない。わたしの喉を裂けば、よくわかるよ」ぼくは、かのじょの喉元の闇に、舌を伸ばす。謝肉祭では、ダヴィッド同盟が行進を続けている。闇をまさぐるばかりでは、何も得られないのだと、ぼくは知っている。ぼくは星のともしびを、彼女の右腕に捧げる。己が左目をえぐる。老いぼれたとはいえ、ぼくの眼球は旅人のそれらしく、なかなかに美しく澄んでいて、子供の無頓着さを知っている。「おいしい」と、かのじょは言った。「人の目には、時のながれが詰まっている」ぼくはトラックを変える。謝肉祭のループ、パピヨンで。「今まで旅してきたなかで、一番美味な時間だった」かのじょはループをほどく。オイゼビウス、フロレスタン、キアリーナ、エストレラ。ぼくはだれも知らない。ぼくは旅をしない。ぼくはかのじょの機械の右腕に身を寄せる。「機械」ぼくはつぶやく。「機械だよ。みんな、機械だよ。旅人はみんな、機械だよ」祈りのことばだった。心なしか、かのじょはもう機械になってしまっているように思えた。ぼくにはもう、届かないところにいる。時の隔たり。音楽が、飛翔出来ないように、ぼくは旅人じゃなかった。かのじょの胃袋に供物を捧げようとも、それでもぼくは、旅人にはなれなかった。ぼくは祈る。左足を、差し出す。「仮初めの旅人は、まだ機械なんかじゃないから。ただの、放蕩だったんだよ」食べてください、と。これもまた、祈りだった。けれどかのじょは、ぼくを食わない。「愛することはできない」と、啓示した。「どうして」ペリシテ人とダヴィッド同盟の行進へと、ぼくは無理やりに演奏をねじ曲げさせる。「旅人は、人を愛することなんてできない。時間を飛び越えることはできるのに」再び触れるかのじょの唇は、機械の感触がした。わかっていたけれど、とても残酷なことだと思った。ぼくは演奏を飛ばす。謝肉祭の秩序を無茶苦茶にする。踊る文字から前口上へ、ピエロからドイツ風ワルツへ、コケットへ。「だめだよ」と、かのじょは告げる。「本当にすべての大地を見渡せる旅人は、愛することができないの。あなたがどの大地も読み取ることができなかったのとは、違うの」ぼくはもう、疲れ果てていた。それでも、密林の時間はひどくやわらかく、かのじょの祝福は、ぼくに許される時間を引き伸ばし続けていた。「貧しいものの家は聖餐台のようだ」ぼくらが共にする最後の晩餐の用意は、夜明け前に行われようとしていた。「その中で永遠なものが食物となる」ぼくは気付く、貧者の夜に。「貧しいものの家は大地のようだ」かのじょのそらんじているのはリルケだった。「わたしの胃袋で、あなたの時間が止まっている」永遠、だった。「音楽をきこう」ぼくはいった。「きみの祝福と交換する」
 ぼくは最後のレコードを取り出した。「最後の夜はケージだ」心象風景第五番。細切れの音楽地平が、ぼくのすべてだった。「あなたのこと、すべて知った」かのじょは言った。「あなたのすべてが、あなたのすべてのレコード」その通りだと思った。「旅立つまでは、あと四分三十三秒」祝福の時間が終わろうとしているのだと、かのじょはそう告げていた。四分三十三秒、ぼくは何もしなかった。沈黙こそが音楽だった。かのじょは肉の夜から、ネジを二つ取り出した。ぼくはそのネジを手にとり、耳に深く埋めた。沈黙。「あなたにはもう、音はきこえない」と、かのじょがそう言っているのが口元でわかった。「ありがとう」ぼくは言う。「音楽だ」かのじょが音楽を聞いてくれたのが、ぼくにはひどく嬉しかった。「さようなら」自分の声さえもきこえないけれど、ぼくは祈る。黙想する。沈黙の充足。かのじょはまた、メルカトルの彼方へと消えていった。

 西の海の帰路は、とても音楽的だった。旅人ではなく、一老人として、ぼくはインネンリウムを歩いている。ぼくは機械にはなれなかったが、空の太陽は空腹のあまり今にも餓死しそうだった。また、餌をやらなくてはならない。
 さて。
 さいごにぼくの演奏を聞かせたいと思う。かのじょと別れた今、ぼくはすべての祝福を失い、音を聴くことは出来なくなった。しかしそれでも今、ぼくは演奏が出来る。このことを、とても幸福に思う。ぼくの四分三十三秒は、永遠に続く。
 祈ろう。
 ぼくは、ここに、いる。
 ぼくは、ここに、いる。ぼくは、ここに、いる。ぼくは、ここに、いる。
 ぼくは、音楽する。ぼくは、音楽する、音楽する、音楽する。
 ぼくは、ここに、いる。ぼくは今からでも、音楽しよう。
 四分三十三秒。
 ぼくは、音楽する音楽する音楽する音楽、音楽する、する、する、音楽。
 以下、演奏内容。

……(ぼくは沈黙しています)………………………………………………
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…………………………………………………………………………(ぼくは沈黙を続けます)………………………………………………………………(そしてつぎの四分三十三秒につづくが、ぼくはここでフィーネを打とう、時を飛び越えることのない、機械ではないぼく自身のために)…………(また、四分三十三秒はかのじょにもほどき得ぬ時間なのだから)…………………………………(つぎの楽章につづけたまえ)…………(……)
 時祷。

【End ; after Cage and Rilke】