機には機を ( No.5 )
日時: 2008/09/15 17:16
名前: かに

「機には機を」


 首を切られた。IT専門の新聞記者を十五年務めていたが、皮肉なのか対象物に職を追われるようになった。社内にいた五十人が新しい機械に取り替えられた。私と同僚で外国人のノエルも数の内に入っていた。
「これも時代なのかもね。なんてことだ」
 私とノエルは辞職を言い渡された晩に、バーでカクテルを飲んでいた。バーテンはロボットだった。人の顔はしていないが愛嬌のある面相で、聞き上手の知能もあった。バーテンの注ぐカクテルには計算された旨味があった。機械ゆえに「計算」と表現するが、人間の作るそれと何ら遜色はない。
 客の入りは多かった。バーテンは人気者で、付け入る隙が見当たらない。ノエルは赤い顔して眠たそうにため息をつく。
「人間なんて世の中にはいらないのかな」
 仕事を奪われた私たち。人間は機械よりも柔軟性に優れているが、ここ数年で人工知能は目覚しく発達を遂げてきた。ゆえに対応範囲も広がり、記者の仕事もこなせるように進化した。誇りを持って従事していた人間は、この理不尽なリストラに絶望を感じていただろう。
 失業者、過去最高。今年の記事の見出しはこれだ。職を失くした私とノエルはこれからについて話し合った。手にあるのは雀の涙の退職金。それでも十五年の働きづめで貯金はそれなりにあったりする。すぐに困ることはない。
「あてはあるのかい?」
「いいや。でも僕には妻がいる」
「そうか、奥さんは小説家だと言ってましたな」
「でもいつまでも彼女を頼りにできないよ。ロボットに小説が書けたら僕らはもうおしまいだ」
 ノエルは焦っていた。奥方のおかげで生活費は繋がるが、作家の仕事もいつ切られるか不安で仕方がないようだ。ロボットに記事が書ける時代だ、小説が書けてもおかしくはない。人の仕事は技術進化に奪われる。結果、資本家だけが生き残る。労働者は駆逐される。
「一企業に人間が社長一人だけで、従業員は全員ロボットっていう職場も今の時代じゃ珍しくないよ。彼らは手を抜かないし、仮に故障したとしてもメンテ用のロボットがある。給料は支払わなくてよいから、出費は最初の購入費と持続のためのエネルギー代だけ。彼らにとってはエネルギー代が給料代わりになるのかな。それでもコストは人を雇うのより安い。正確な仕事ができ、しかもコストが安価ならば、人間による労働力は必要なくなるんじゃないか。プロレタリアは追いつめられる。人間がいられる場所はアダルトくらいしかなくなるよ。そんな社会は僕は嫌だ!」
 ノエルの日本語は流暢だった。頭を抱え込んでいた。疲労のためか頭の頂点の密度が少ない。この男は、私のようにさほど図太い神経でないから、悩みすぎるきらいがある。私はというと次の行動を決めている。
「タチカワさんはこれからどうするんですか?」
「運動を起こすさ」
 ノエルは驚いたように目を丸くして私を見張った。自分では爆弾を言ったつもりはない。この結論に辿り着くのはむしろ必然のことに思う。ロボットのバーテンは他の客を相手にしておりこちらの会話に反応なかった。私は手元のブルーの液体を飲み干して言った。
「進みすぎた機械文化にメスを入れてやるのさ。培ってきた記者のスキルをここでも役に立たせたい。何もしないでくたばるよりは、あがいたほうがマシだろう? おれたちは人間なんだ。死んでたまるか」
 わずかな退職金を資金に、仲間を集めて国家を説得せねばならない。法を改正させ、人が働ける居場所を作る。それが私の使命のように思えてくる。
「一緒にどうだ? くそったれ社会に反抗してみないか?」
 私はだいぶ酔ったようで、ノエルの高い鼻先にまで自分の顔を近づけた。ノエルは困った顔をしていた。身をそらせて返答をする。
「……少し考えさせてください。妻とも相談したいですし、僕にはまだそんな勇気が出てこない。でも、僕はタチカワさんを応援しますよ。がんばってください」

 *

 ノエルの前ではあんな大口叩いたが、実際私はこれからについて具体案が浮かばなかった。とりあえず家でパソコンを立ち上げインターネットに接続する。同じ考えを持った組織が既にあるのやもしれなかった。思い起こせば駅前で、看板を掲げてビラを配る女性がいた。あのときは別の世界の住人に思えていたが、今なら気持ちが分かりそうだ。職を失ったことで世界に対する意識レベルが少し上がっているのかもしれない。
 「機械」「失業」「運動」の三語を叩いて検索する。最初に表示されたのは「ラッダイト運動」。産業革命期にイギリスの中・北部で起きた機械破壊運動である。世界史に弱い私は内容を知らず、コンテンツの説明を読んで酷い目眩に襲われた。職を機械に奪われた労働者の不満の爆発。予言の書のひとつのケースのようにも思える。
 機械を壊す。否、私の目的は飽くまで法を変えるだけだ。ラッダイト運動が示すように技術革新は止まらない。機械破壊は根本的解決にならず、器物破損罪で捕まるのは目に見えている。そんな愚直なことはしない。
 合法的に法を変え、私たちの居場所を作る。人間が人間らしく生きていられる環境を。
 私は一人でくすりと笑った。社会のために正義を掲げる自分がとてもこそばゆかった。どうやら私は本気のようだ。本気で日本を変えたくなった。
 インターネットで様々な組織、活動を調べる。クリックして、「あ」と間抜けな声を上げた。失念していた。そこに書かれた文字の意味を。
 労働組合。私が勤めた会社にもあった。ただ、あの会社は給料がいいので労組の規模はたいしてない。それに会社の作戦なのか、首切りも相当急でストライキを起こす暇さえなかった。彼らは私たちを守れなかった。守らなかった。労組も会社と癒着して黄色になっている噂もあった。やはり頼りにならないなと思いなおす。もっとも失業した身分では労組に加入できないが。
 こうしてみると、組織は全て疑わしく思えてしまう。その体制そのメンバーが信用たるものか判断できない。会えば騙され金を取られるかもしれない。残された貯えをどぶの中に捨てたくない。
 しかしこの大失業時代、同志が一人もいないものとは考えずらい。あの会社の理不尽すぎるリストラに対して反感を覚えた者もいるはず。むしろ大多数がそうでありたい。
 会社名簿の入った本棚に目を向けたとき、側にあった携帯電話が身を震わせて鳴り出した。着信音はなく、たいていマナーモードにしている。送信者は菱形俊之、二年前に取材で知り合ったエンジニアだった。特別な仲というわけでなく、仕事上の付き合いで何度か飲んだだけだった。
「お久しぶりです。菱形です。あの節はどうもお世話になりました」
 電話からは快活な青年の声が聞こえた。二年前は大手通販サイトのシステムを設計していたが、あれから彼はどうなっていただろうかと興味を持った。
 そしてなぜ、今に電話をかけてきたのか。
「こちらこそお世話になりました。ところで何の御用件でしょうか?」
 ほんの少しの間があった。菱形の気配が変わっていったことを感じる。
「実はあのあと、会社を辞めてしまいました。通販のシステムが完成した直後です。あの仕事も、ほとんど手をかけずに作り上げてしまったことを立川さんもご存じでしょう?」
「ああ、自動生成のやつですか」
「そうです」
 思い出した。あの通販システムは確か、自動でコードを書いてくれるツールを用いて作られていた。すなわちツールに設計者が指示を出せば、あとは勝手にコンピュータが画面と機能を生成する。菱形の仕事は単に決められた値をツールに設定して、実行ボタンを押すだけだった。プログラマらしいプログラミングは何ひとつされずに完成した。
「日本のような先進国ではプログラマはもういないらしいですからね。菱形さんなら上流工程もできただろうに、辞めてしまわれたわけですか」
「ええ、上流工程はたいてい元請けがやっているので、Kのような小さな会社だと下請けばかりで厳しいですね。今でも潰れずに生き残っているのが不思議なくらいです」
 そこで一拍おいて「あ、失礼しました」と付け加えた。務めていた会社の悪口を言って、すぐに後悔したようだ。
 菱形はもう一度謝った。
「すみません、前置きが長くなりました。それで本題に入りますが、お会いできる日はあるでしょうか? 話すと長くなりますし、あまりここでは言えない件でもありますので、ぜひとも一度実際に会って説明したいと思います。日時はご自由に決めてください。こちらで合わせます」
 携帯電話を握る手が汗ばんできた。菱形は何を伝えたいのか、私に何を期待するのか。肝心の話の核が隠されている。だが、ここで断っても無駄に時間を過ごすだけだ。警戒心と好奇心が交り合う。
「いいですよ、明日の午後はどうでしょう」
 場所も私が指定した。神田にある駅前のコーヒーショップだ。

 *

 早めに着いたのでアイスコーヒーをすすりながら経済新聞を広げて待った。一面を飾るのは日本の赤字国債だ。国の借金、過去最高の千兆円。去年の消費税増税にもかかわらず、国は国民から金を取るだけ取っておいて素知らぬ顔で返済しない。そのくせ政治家は潤っている。誰しも改革を口にするのに、誰しも実行に移さない。失業対策も政策として挙げられているが、いまだに法は整備されずに現状を迎える状態だ。
 菱形が店に入ってきた。私は新聞をたたみ、立ち上がって挨拶をする。スーツ姿で身を引き締めた菱形の顔は、二年前と比べやや精悍になった気がする。確固たる遺志を持つ眼をしていた。背後には女性の姿があった。連れがいるとは聞いてないので、私は慌てて名刺を探した。が、そんなものを差し出しても、既に肩書きが無効であるのにはっとして顔から熱が出た。
「まずは椅子に座りましょうか」
 三人は腰をかけ、菱形と連れは飲み物を頼んだ。十秒も経たないうちに二つのアイスコーヒーがテーブルから飛び出した。
「お久しぶりです、立川さん。こちらは工藤美咲さん」
「はじめまして、工藤です。菱形がお世話になった優秀な新聞記者さんね。あなたの力をぜひとも借りたいと思っているの」
 工藤は菱形よりも一回り年長のように見えた。私と同世代、もしくは少し上くらい。親しげな口調は貫禄者特有の癖がある。
「それで、私に何を期待なされているのでしょう」
「私たちの仲間になってくれないかしら。こういう活動をしているの」
 工藤は私にパンフレットを差し出した。「労働人間の会」と書かれた表紙、工場で働く姿の写真、ロボットを倒したサラリーマンのイラスト、失業対策を国に訴えかける文章。なるほど、私のやりたいことに近いものがありそうだ。表現は少々過激であるが。
 パンフレットを読んでいると、SMAPの「らいおんハート」が鳴った。懐かしい。工藤が「あ、私だ」と言ってピンクの携帯電話を取り出し、断りを入れてその場で話した。
「え、何? 相手が弁護士を変えてきたって! それってほんとなの? ちょっと冗談じゃないわよもう!」
 荒げた声に私は固まる。プライベートの揉め事のようだ、他の客の視線がこちらに集まってくる。
 しかし工藤はすぐに切った。「今忙しいから、後でまた掛けなおす」と相手に言って電話を閉じた。
「失礼しました。では話を戻しましょうか。どう? 興味を持たない?」
 工藤とパンフレットを交互に見る。私はひとつ訝しんだ。タイミングが非常に良すぎる。失業した直後にこれだ。私の様子を読み取ってか、菱形は言いにくそうに説明をする。
「予測できていました。仲間内に企業の情勢を知る者がいて、立川さんの勤めた会社が大量の機械を導入したというニュースが私の耳に入ってきました。それで近いうちに人員削減されるだろうと、身辺を見張っていたんです。立川さんが会社を辞めさせられたのならば、仲間になってくれるだろうと。すみません、でも、今の時代を変えたいんです。協力してください」
 菱形の瞳がまっすぐ私に向けられた。逸らすことも瞬くこともしなかった。続いて工藤も「私からもお願いするわ」と頭を下げて懇願する。
「いいでしょう、私にできることであるなら。ただし、ラッダイトは勘弁ですよ」
 二人は苦笑を浮かべながら私に握手を求めてきた。私は彼らと手を繋いだ。

 *

 組織に入ってから三か月が経過したが、期待とは裏腹に地味な活動ばかりだった。勧誘、ビラ配り、会議。時には警察に追われ、時には仲間と揉め合い、貯金を少しずつすり減らしながら、思想を広めることに努める。労働者なら法と機械に一度は疑念を持つはずなのだが、生憎ながら日本国民は消極的で進むより前に諦めてしまう。ゆえに自殺者が後を絶たない。年々右肩上がりで、これも過去最高記録。
 私は諦めない。必ず機は到来する。それまでに己の思考を研磨する。平和な世界を作り上げる具体的な方法を。
 閃いたのは、工藤が珍しく落ち込んでいるその日だった。昨日は休むと言っていた。娘の裁判に出席すると。
「判決が出たわ。無罪だって」
 工藤は重々しく口を開いた。ビル内の食堂室が静まり返った錯覚をした。隣の菱形と一瞬だけ目を合わせて元に戻す。
 裁判。工藤には親権のない娘がいる。五年前に離婚をし、現在別居中であるが、それでも娘であることには変わりない。その大事な一人娘がある男性に暴行された。相手は政治家の息子だった。裁判で訴えようにも返り討ちに合う可能性は大きかった。金に物を言わせ、ベテランの弁護士を雇うだろうと。工藤も、工藤の元夫の佐々木も、強気な性格のために引く気はなかった。何としても裁判には勝ちたいと。そこで佐々木はロボットの弁護人を使うことを提示した。工藤は最初は渋ったが、この状況で勝訴を得るには機械の可能性に賭けるしかなかった。機械は当然、弁護士の資格は持たないもので、特別弁護人として参加するのは当時は寝耳に水だった。幸い佐々木は情報心理学の研究者であり、弁護ロボットの開発にも携わっていた。
 裁判は有利に進んだ。弁護ロボットはほぼ成功で、相手の主張を言いくるめていた。次々に出される情報を整理して体系化して、裁判に最も効果的な行動を弾いて論議する。流れは完全にこちらのもので、有罪はほぼ確定だった。
 ところが被告は弁護士を変えた。原告と同じく特別弁護人の弁護ロボットを起用した。しかも向こうは高性能だ。悲しいかな、日本の裁判制度は時間がかかりすぎるのだ。ひとつの判決を待つまでにテクノロジーは進化する。浦島太郎の玉手箱だ。
 かくして形勢は逆転し、工藤の娘は敗訴に終わった。さらには名誉毀損で賠償金を支払われた。金と時代が裁判を掌握する現状となった。
「あの人を信用した私が馬鹿だった。機械なんてなくなればいい!」
 私は工藤の裁判話を聞いているうちに頭の隅で別の思考が巡らされているのに気づいた。佐々木という人物に会ってみたいと思っていた。しかし私の胸の内を話すことは引けていた。組織の反感を買うことになり、あるいは追放されるやもしれない。
 だが、日本を変えるにはこれしかない。究極の社会主義、これを私は実現させる。

 *

 練馬区にある東京技術センターに赴いた。床は大理石で磨かれており、ロビーは広く中央に立っていると悟りを開いた気分になれる。冷たい空気が気持ちいい。
 エレベーターの前に立ち、ランプの数字が減っていくのを眺めていた。「1」になるとドアから白衣を着た眼鏡の男が登場した。私は彼に会釈した。
「はじめまして。元新聞記者の立川です」
 工藤に出せなかった名刺をためらうことなく佐々木に渡す。佐々木は名刺を無表情で三秒眺め、「どうぞ」と私をエレベーターの中に乗らせた。佐々木は五階のボタンを押す。
 会議室に案内された。私と佐々木は向かい合って席に着いた。
「美咲の知り合いだってね。君も同じ組織なのかい?」
「ええ、けれど私はロボットに興味がある。工藤さんから弁護ロボットの話を聞かされたとき、あなたならば私の理想とするロボットを真っ先に作ってくれるのではないかと思いました」
「ふーん。まあいい、聞こう。くだらないものだったら話は打ち切る。どんなものだい?」
「政治のできるロボットです」
「ぶっ」
 佐々木はぶはぶはと笑い出した。私も笑った。自分でいざ口にするとこれほど滑稽に聞こえてしまう。
「馬鹿馬鹿しい! けど、面白い! そういうの俺は好きよ? あの組織の中にもあんたみたいなやつがいるなんてな」
 ずり落ちた眼鏡を直しながら、佐々木は私を正面に見据え、楽しそうに口を広げた。
「で、美咲はそれを認めていると」
「いいえ。彼女にはまだ話してません。絶対反対するでしょうから。そこで私はもうひとつ、市販のものでもいいのですが、営業ロボットを側に置くつもりです」
「なるほど。機械に説得させるってか。それなら俺の「ベンゴロウ」はどうだい? バージョンアップさせておくよ」
 ベンゴロウとは例の弁護ロボットだ。裁判には負けたものの、人間ならばベテランであろうと説き伏せられる力を持つ。ぜひとも欲しい。
「レンタル代はどうしましょう」
「いいよいいよ、気になさんな。俺はあんたに協力する身だ。商売したいわけじゃない」
「では、遠慮なく受け取ります」
 それから二時間、私は佐々木に計画の明細を説明した。厳しい指摘を受けたり、突拍子もない発言に爆笑したり、それは有意義な時間だった。終盤にはもう口調を崩し、すっかり佐々木と意気投合した。
 人間はそうやって考えるのが一番楽しい時である実感した。

 *

 ベンゴロウは人型ロボットであるが、人型のままでは目立ちすぎて演説前に壊される可能性が高い。ゆえに私はバッグの中に必要な部品を切り離して持ち歩く。結構な重さがあるが仕方ない。狙い時は「労働人間の会」の創立記念日。タイミングよく佐々木と会った一週間後にそれが開かれ、会長とメンバー九百人が集まる。
 私はわざと遅刻した。ベンゴロウを設備室に持ち込むための作戦だ。スピーカーをジャックすれば、ホール内の九百人は全て私の思想で染まる。目的を達成するための資金は手に入れたのも同然である。
 設備室の人間にはベンゴロウの発声器を使えばよい。室内に届く程度の音響はある。ベンゴロウが会話すると、納得した風に頷き、放送席を譲ってくれた。回線をベンゴロウのマイクに繋ぎ、設備室のチャンネルをオンにした。

 *

「そうですよ、機械はそもそも人間の奴隷で、国家は国民の奴隷ですよ! だったら機械が政治をすれば、本当に国民のためにやってくれるかもしれない」
「立川くんがジャックしたことには驚いたけど、その思想は正しいって私も思うわ。人間は私利私欲の塊だけど、機械はそうじゃないものね。政治ロボットには私も賛成。けれど、出馬なんてできるのかしら? ロボットは国民じゃないのでしょ?」
 菱形も工藤もすっかり私の掌だ。ベンゴロウは組織の誰もが認められる存在になった。工藤でさえも裁判の件を帳消しにしている。ベンゴロウの饒舌さには私は舌を巻いていた。ある機能への突出性、人間のようにマルチではないが特定の分野で人間以上のキャパがある。
 精鋭機械。佐々木はそう呼んでいた。佐々木はそういったものが好きで機械を拝んでいる感じもあった。政治に特化したロボットは最高の精鋭機械であると言っていた。
 佐々木が政治ロボットを完成させるまで、私たちは直面した問題を解消する手段を練らなければならなかった。
 国会議員に出馬できるのは、選挙の種類にもよるが最低でも満二十五歳以上の日本国民に限られる。ゆえにロボットは出馬できない。法を変えるためのロボットが法によって妨げられる。よくできたシステムだ。
 しかし私はシステムの穴を見出している。まだ完全な案ではないので考える必要は出てくるが。
 二人に一応の相談をする。
「出馬するのはロボットではなく人間がいい。経歴さえよければ誰でも構わないんだ。看板になってくれれば。で、実際に演説するのはベンゴロウということになる。当選さえすれば政治ロボットに全て任せて看板は何もしなくていい。これで計画は成り立つと思う」
 基本方針はそれでいく。変わり身を立てれば被選挙権は通過する。問題はイメージだ。政治方針を「ロボットを使う」と明言してよいものか。民衆の反感を買わないか。それに、ベンゴロウの効果範囲が限られている。演説を前にすれば屈伏すること間違いないが、宣伝媒体は他にもある。チラシを作るロボットを導入しなければならなそうだ。ただしそれは出馬表明している他の者も同じだろう。金がいる。最も高性能な広告宣伝ロボットを。
 組織の資金で賄えるか。足りなければ金融から借金するか。
「博打ですね」
 菱形は緊張した面持ちだった。勝てば天国、負ければ地獄。けれどここで踏みとどまるわけにはいかない。勝負に手抜きはできない。
「どうにかする。総動員して金融から金を集めれば」
「いえ、もっといい方法があるわよ。出馬なんてわざわざしなくてもいいんじゃない?」
 口を挟んできたのは工藤。一本指を立ててにっと不敵な笑顔をする。
「今いる政治家に接近してベンゴロウを使うのよ。講演とかそういうときに、あなたが私たちを説得させたのと同じ方法で、政治家も同じ思想にするのよ。そうすれば私たちの仲間が増える。目的も達成される」
 全員が意見の一致を見た。

 *

 テレビに映るのは機械。ロボットの総理大臣。正確には下中山一蔵という総理がいるが、この人は全く発言をせず、隣にいる政治ロボット「セイジロウ」が政策方針を打ち出し、喋り、動かしている。セイジロウはこの国にために最適解を出すだろう。経費も削減され、赤字国債も三年後には清算される予定だ。
 また、機械法の制定により、企業による第一級ロボット(精鋭機械)の導入に一定の制限がかけられた。すなわち、ロボットを減らすことで人間が社会にいられる場所を確保してくれる法律だった。これで誰もが働ける。
 私は職に復帰した。ノエルもいた。復職祝いに二人でバーへ飲みに行った。バーテンは人間だった。カクテルの味はロボットのときと同じだった。私が尋ねると、バーテンは微笑しながらこう言った。
「教育を受けているんですよ。師匠はロボットなんですけれど、これがまた厳しい方で。でも、師匠のカクテルはおいしいし、参考にさせてもらってます」
 バーテンは誇らしげだった。私はいじわるにも「自分のカクテルは作らないのかい?」と咎めたくなったが、本人は満足しているようで不躾な発言は避けておいた。
 ノエルも満足そうに酔っていた。
「これで僕らも働けるよ! 日本って素晴らしい国だ!」
「それはよかった。奥さんも元気かい?」
「ああ。ちょっと浮かない顔してるけどね」
「……?」
「実はさ、辞めさせられそうになってたんだよ。小説を書く仕事を。なぜかってそういう機械ができたからさ。ロボットの知能は人の心を掌握できるまでになってたんだよ。だから、いかに面白く伝えるかっていうのも計算して書けるんだ。すごいけど、ちょっと怖い。規制されてからはそのロボットは編集長になってましたよ。面白い小説の書き方を指導しているんだって。妻は不服そうですけど」
 なるほど、と思う。けれどそれでよいのだ。人間の欲を抑えることでシステムは円滑に動いてくれる。私の求めた理想郷がここにある。

 *

 一通の手紙が私のマンションの元に届いた。差出人は「佐々木慶介」。封書を開くとそこには「遺書」の文字があり、思わず笑いを噛みしめた。
「ああそうか。研究者って欲の塊なんだよな」


(了)