ヒルデブラント対ハドゥブラント ( No.3 )
日時: 2007/07/11 00:34
名前: かに

 第五回短編コンテスト参加作品、かに、「ヒルデブラント対ハドゥブラント」


「来たか、野蛮なフン人め。貴様らなどにこの地は渡さん!」
 防具を万全に備えた男は勢いよく馬を駆けた。古木を蹴る蹄が力強く跡をつける。戦の鐘は地中で高まる。男は橋を渡り終え、顔の分かる位置に来た。
 兜の下には精悍な容貌、内からはみ出た金の巻き毛。目元が妻に似た気がした。三十年も見ない妻に。
 老将ヒルデブラントは、勇猛なる若き騎士を一目も離さず視察した。身の振る舞いよりこの男こそが今のベルンの統治者だろう。
 ベルンの町はヒルデブラントの故郷でもある。オドアケルの攻勢で窮地に追われた東ゴート王ディートリッヒは、腹心のヒルデブラントを側に従えフン人の国に亡命した。君主への聖なる誓いを固く胸に、妻と息子を故郷に残してヒルデブラントはベルンを発った。過ぎ行く春冬を歯噛みしながら、ディートリッヒ王と共に奪還の機を待ち続けていた。そして長き望みは叶った。敵将オドアケルが病に伏したと知らせが入る。
 ヒルデブラントは小隊を率いてベルンの様子を探りに出た。草原を馬で駆けると、彼らの姿を認めた騎士がベルンの門から進み出でてヒルデブラントに槍を仕掛けた。一矢交えて穂先を弾くと、その男は一騎打ちを申し出た。
「貴公も騎士の端くれならば俺と勝負するがいい。老いし者よ、そこもとは相当の腕と見た」
 若騎士は槍を構えながら闘志を露わに馬を引いた。老騎士ヒルデブラントは「よかろう」と一つ返事でベルンの長に出自を問う。
「そこもとの氏族はいづる方か? 父御の名は? 我は全ての氏族を知るゆえ、名を挙げればそれで足りる」
「答えよう。誇り高き父の名はヒルデブラント! そして俺はヒルデブラントの子ハドゥブラント!」
 なんと騎士は息子だった。違えるほどに成長した子をヒルデブラントは愛しく思う。だが、ハドゥブラントは父を忘れ、目前の彼を敵としている。無理もない、三十年の狭間なのだ。別れの時の息子はまだ幼かった。
 遠かりし日々を置いて、父子は敵として再会した。できるなら戦は避けたかった。ゆえにヒルデブラントは己の素性をハドゥブラントに明かしていく。
「神に誓って告白しよう。我こそが貴公の父ヒルデブラント。かつてこれほどの近親の敵を迎えた例があったろうか。ハドゥブラント、我が息子よ、フン国の王より賜りし腕輪を友情の印に捧げよう。どうか矛を背けてくれるか」
 ヒルデブラントは馬から降りて、黄金の腕輪を手に乗せた。ふと槍の尖端がヒルデブラントの額に止まる。突きつけた主は憤怒に顔を赤くした。
「フン人め! かような品は槍を持って穂先から穂先へ渡すのが礼儀。そのことも知らぬのか! さては父を騙って俺を弄する企みか。この老獪め。よく聞くがいい。ヒルデブラントは昔に死んだ! 志を同じくした水兵が海路を渡って俺に報を寄越したのだ。ヒルデブラントは戦死したと!」
 父とは見なしはせぬ様子。遊牧の格好のためフン族とされるのも仕方なかろう。ヒルデブラントは引き返し、ある種の決意を唇にして「さようか」と低く応じて言う。己の馬に騎乗する。
「ああ、神よ。これも運命なのか」
 聖なる騎士は挑まれれば誰でも受けねばならない。相手が身内であろうとも。
 二つに隔てる集団の中央、ヒルデブラントとハドゥブラントは相対した。
「仲間元へ引き返さば、我は極めつけの臆病とされよう。貴公が切にこの戦いを望むなら、いざ力試しを。勝てば鎧が戦利品。負ければ我を父とせよ。貴公が資質ある者なら、この老いぼれに勝つのも容易いかもしれん」
 防具を整え直すとヒルデブラントは槍を取った。尖端を息子ハドゥブラントへ。
 父子は互いに猛然と駆けた。衝撃音、穂先が盾を減り込ます。ヒルデブラントは右に跳び、ハドゥブラントも右に跳ぶ。二人、旋回してまた直進。
 盾は鳴る。威嚇する。己を鼓舞する。喉が潰れん限りの雄叫び、両者は突きの構えを取る。木片が回転して横に弾く。
 穂先は土へ。ヒルデブラントの盾は砕かれ、もんどりうって落馬した。鎧の重みで体にさらなる痺れを来たす。しわがれた呻きを一瞬だけ。立ち会う仲間の足元が端に。
 続いて落ちる音。血を伴ったその鎧はハドゥブラントのものだった。槍の棒が喉元にあった。緑の草が赤に変わった。永久に消えぬであろう息子の血、本気で遣らねばならなかった。
 ヒルデブラントは手を伸ばした。草原を這って息子の近くへ。もっと近くへ。
「神は知っている。我が罪なき者であると。君主のため、誇りのため、我は聖なる戦を果たした。ゆえに我は勝者なり。さあ息子よ、父と呼べ。そして帰ろう。故郷ベルンへ。妻が待っている。久しき再会を待ちわびている。帰ろう、共に帰ろう」


(了)